一生の不覚…石鎚山のお山開きにて
■数年ぶりのお山開き登山
数年ぶりで「お山開き」期間中に成就から石鎚に登った。例年は,この期間中は人が多いので石鎚は遠慮して瓶ヶ森などで花を撮影するのが普通だ。今年はどうしてもナツツバキを写したかったのと成就コースに咲く他の花たちを確認したかったので思い切って出かけた。
夜明峠まではところどころで花を撮影しながらゆっくりとではあるが快調に登った。夜明峠からは木陰がなくなりフェーン現象による猛暑で暑さがこたえてきた。それでもなんとか土小屋コースとの合流点の二の鎖元に到着。信者さんを中心として下山してくる人が多い。迷惑になるので花の撮影は下山時に人の波が途切れるのを見計らいながらすることにして,とりあえず頂上まで行って腹ごしらえをすることにした。
小生は情けないが高所恐怖症。それが格好悪いので「機材が重いのでいつも迂回路専門」と称している。三の鎖で登山切符を収集しているが,この直前で『事故』は起きた。
団体さんが降りてきたので足を置けるだけのスペースを見つけて待つことにした。しかし,下山者はなかなか途切れない。狭いところにいるのでちょっといらついて目の前の段差をスティックを頼りに左足をかけて登り切ろうとした。その瞬間だった。
■脚がつる
左脚のふくらはぎがつったのだ。俗に言う「こむら返り」だ。負荷をかけた状態で起こったので強烈な痛みだった。「痛い!」と思わず声に出してしまった。数年前に寝ているときに2度ばかり軽いのを経験したことがあるが,その時とは比較にならないほど痛かった。
発生したその瞬間にたまたま通りかかった下山者---いかにも山慣れした登山者---が応急措置をしてくれた。靴を脱がしマッサージをしてテーピングをしてくれたのだ。この間にも痛みは何回か襲ってきた。自らの意思で少しでも動こうとするとぶり返すのだ。5回ほどぶり返しただろうか。
応急措置をしてくれた登山者の方は「お気をつけて」と言葉を残して足早に降りていった。お礼を言うのが精一杯で名前を尋ねなかったことに気が付いたのはずっと後になってからだった。どこのどなたかは存じ上げませんが,本当にありがとうございました。感謝,感謝です。
その場で10分ぐらいだろうか,マッサージをしながら回復を待った。いつまでもそこにいるわけには行かないので,どうしたものか,と思案した。選択肢は,頂上まで行って様子を見るか,二の鎖まで降りて救護班に相談するかだ。距離がはるかに短い頂上を選んだ。
ぶり返しはしないだろうかと不安を抱きながら,ゆっくりと登った。下山してくる人には小生がバテているように見えたようだ。「あと少しですよ!」などと励ましてくれる。有り難いのだか応答する余裕がない。無意識のうちに左脚をかばってその負荷が右脚にきている。膝上の筋肉がパンパンに張ってきた。今度は右脚がつりそうだ。声をかけてくれた人には手だけでお礼と挨拶をするのが精一杯だった。
■心強かった救護班の存在
やっとのことで頂上にたどり着く。幸いなことに頂上にも救護班の人たちがいた。声をかけると,すぐに看護師さんが来てくれ応急措置をしてくれた。その間に事情や状況などいろいろ質問を受けた。
無線でどこかと連絡を取り合っている。マッサージを受けている私の耳に聞こえてきた。「念のために久万にヘリを待機させておく。」
「えっ〜,ヘリ?!」「ヘリって,あのヘリ?ヘリコプターのこと?!」 その瞬間,私の頭の中ではいろいろなパニック表現が錯綜した。
最近,新聞で長野における山岳救助のヘリを有料にしようという案が検討されているらしいことを読んだばかりだった。携帯で気軽にヘリによる救助を求める登山者がいるらしい。その記事に,テントの中で軽いやけどをしてヘリを読んだ人物のことが載っていた。その人物は火傷の時を含めて1ヶ月に2回ヘリによる救助を受けたらしい。
足をつったくらいでヘリに乗ったらなんと言われるか!家内の実家周辺には吉本流のつっこみネタが「大好物」な人間が繁殖している。一生笑いのネタにされる。寿司ネタじゃあるまいし,この事態は避けなければ…。
しかし,この段階で私は救護班の人たちには敢えて何も言わなかった。聞こえなかったことにした。私が直接何か言われたわけではないのだ。
■天使に遭遇
看護師さんがマッサージをしてくれている。その天使(私には間違いなくそう見えた)のような看護師さんが話しかけてきた。「二の鎖まで下りられそうですか。」
「大丈夫です。」と見栄を張った。本当はまったく自信がなかった。
「そうですか,大丈夫のようでしたら,二の鎖にドクターがいるんです。ドクターに見てもらった方がよいと思うんですよ。水分を補給してもう少し休憩して下さいね。足の状態が落ち着いたら下山しましょう。」
状態の改善のためには水分補給が必須らしい。頂上小屋でスポーツ飲料を購入し,飲み干した。途中の水分補給のためにお茶を2缶買った。小屋の人が気を使ってくれ,私の水筒に移しかえると空缶をつぶしてゴミ袋に入れてくれた。
知らない人のために補足しておこう。昨年に新しい小屋ができてからは,小屋の売店で購入した食べ物・飲み物の袋や缶などゴミとなるものは全て購入者が持ち帰ることになっているのだ。
■下山開始
小屋の人にお礼を言って下山開始。若いが屈強そうな隊員さんが私のザックを持ってくれるそうだ。自重以外の負荷をかけなくてもよいのは今の私には助かる。すこし自信が戻ってきた。(その自重が問題だろう,という声がどこからかしてくるような気もするがこの際無視を決め込む。)
看護師さんも同行すると言う。そこまで…,とは思うが,途中で何かあったときのために備えてのことだろう。ということは男性隊員は若いが警察官のようだ。
下山でもつい左脚をかばってしまう。ぶり返しそうになる。思わず手をやる。看護師の姿を借りた天使はそれを見逃さない。「大丈夫ですか?」 すかさず声をかける。
「なんとか大丈夫です。」
「手を脚にやっていたので…。」
「…」
するどい。さすがに,意識の高い職業人は違う。彼女は若いがプロだ。これは気をつけなければ,ヘリに乗せられることになるかもしれない。気を引き締めよう。(何か気を引き締める目的が違っているような…。まあ,よしとしよう。)
「休憩しなくても大丈夫ですか。」 何度か天使の声が聞こえる。頂上で休憩中は小雨も降るような状況だったので,けっこう身体が冷えていた。これ以上冷やすのはかえって脚によくないような気がした。休憩は断りその分スピードをさらに落とした。
■二の鎖でドクターに
やっと,二の鎖下の鳥居の所に設置された救護班のテントに着く。ドクターが事情を尋ねながら触診する。看護師さん同様,ドクターも実に優しそうな雰囲気を漂わせていた。
屈強そうな男性隊員から食事をしたかと質問される。そういえば早朝に自宅を出発するときに軽く朝食をとっただけだった。登山途中は暑くて食欲もないので,頂上で持参のおにぎりを食べようと思っていたのだ。しかし,怪我でそんなことは忘れてしまっていた。空腹も感じない。
食べていない,と告げると,班長らしきその隊員さんがバナナをくれた。おにぎりを持っていると遠慮したが,バナナのほうがよいからと勧められたので有り難く頂戴した。こういう場合は何事もプロの人たちの助言に従うべきだ。性格の素直な私は常日頃そう思っている。
班長(ということにしておこう)さんがマッサージをしてくれる。男の力でもみほぐしてくれる。おっかなびっくりでここまで降りてきたがふくらはぎがパンパンに張っているような感じがしていた。マッサージを受けるとずいぶん軽くなった。これなら成就社までなんとか降りられそうだ,と内心ほっとする。
■自力歩行
私の処遇をどうするかを無線連絡をとりながらみなさんが相談している。私の希望も尋ねられた。もちろん,成就社への自力歩行を選択した。そのときだ。隊員の一人から体重を尋ねられた。
「X6kgです。」
反射的に1キロさばを読んで答えた。
救急車で今まさに運ばれんとしているときに救急隊員に体重を聞かれた女性が10kgさばをよんで答え,救急隊員に「正直に言わないと命にかかわりますよ」と叱責されたという話を聞いて大笑いしたことがあった。
1キロといえどもさばをよんだ自分が信じられなかった。新しい発見だった。自分にもこういうところがあるんだ!正直に告白すると,確かにダイエットの必要がある体型をしている。
私に体重を聞いた隊員が念を押すように言った。
「私はあなたを背負うことはできませんよ。」 おそらくこれは「あなたのような体重の人は」という意味だろう。"^_^"
くだんの隊員は続ける。「今なら,ヘリも担架もあります。遠慮しないで言ってくださいよ。」
「大丈夫です。」 根拠があるわけではないが私にはこう答えるしかない。
この隊員ともう一人若い隊員がロープウェイ乗り場まで同行してくれることになった。こういう状況でザックを持ってくれるのは大変有り難い。カメラ機材というのは結構重たいのだ。
成就社に着いたらもう一度ドクターに診察を受けることになった。
■成就社に向けて
怪我をした左脚をかばわないように気をつけながら一歩一歩亀さんのように歩んだ。 同行の隊員さんは時折無線で連絡をとっている。現在地と状況を報告しているようだ。
再発を防ぐために,途中何度も休憩をし,特にのどが渇いているわけではないが水分を補給した。
ただ,休憩する場所だけはこだわった。ぎりぎりの状態で歩いていると身体が自然と敏感になる。休憩した後,歩き始めた道が急な下りになっていたり,逆に急な登りになっていたりすると,脚に対する負荷がこたえるのだ。したがって,アップダウンの緩やかな箇所の前で休憩をとった。
このコースは過去何十回といわず歩いた道だ。どこで休憩すべきかは容易に分かるのだ。
そうこうしているうちに成就社にたどり着いた。
■成就社に到着
標高差100メートルの登りをゆっくり登りやっと成就社についた。同行の隊員に,ドクターに診察を受けるように促され救護所に入った。ドクターと二人の看護師さんが待機していた。
診察といっても問診だけだ。触診もなしだ。ちょっと疑問を感じる。帰宅して何日も痛みが残るようなら,医師の診察を受けるようにとのことだった。
問診を受ける前から,看護師さんの一人が患部のマッサージをしてくれている。ここにも天使がいた。
「頂上からよく自力歩行で下りてこられましたね。心配していたんですよ。」と看護師さん。
もう一人の看護師さんも塗り薬など用意しながら,「お腹は空いてないですか。」「スポーツ飲料がありますが,お飲みになりますか。」などと気を使ってくれる。
頂上の天使も成就の天使も同じ雰囲気を持っている。仕事だから優しくしているのではないのだ。人間性が優しいのだ。とってつけたような優しさでなく,本当に自然な 優しさなのだ。実に感心した。一生懸命にマッサージをしてくれる姿に感謝の気持ちが心から素直に沸いてきた。
昨今,医療界や警察に対する不信が取り沙汰されている。医療過誤や裏金つくりなどがその中心だ。あるいは,プロ意識を持った職業人がいない,と嘆く向きもある。かく言う小生もその一人だ。
しかし,今回,このような真摯に仕事に取り組んでいる医療関係,警察関係の方々に出会って,現場で頑張っている人たちの多くはきっとこういう真面目な人たちなのだろうとほっとするような気持ちになったのはよき経験だった。
話を戻そう。十分すぎるほどマッサージをしてもらってふくらはぎの張りも取れたころ,同行してくれた隊員がロープウェイ乗り場までさらに同行するのでいつでも出発できるようになったら言って下さい,と言われた。
成就社まで下りてこられたのだから「もう大丈夫」という思いがあったが,彼らには彼らの責任というものがあるらしく,有り難く従うことにした。
歩き出した途端にバケツをひっくり返したような雨が降り始めたが,それもすぐに小雨になった。遠くでは雷も鳴っている。
ロープウェイ頂上駅に着くと夕立が残してくれたプレゼントがあった。虹が立っていたのだ。きれいな大きな虹だった。
虹などの自然現象が好きな小生にとって何よりのプレゼントであったが,それ以上に有り難い贈り物だったのは,小生の不覚から触れることになった人様の親切や思いやりだったことは言うまでもない。
お世話になりました皆様に感謝です。m(__)m |